
エクサウィザーズ×AZ 食事のカリウム値を計測するアプリ開発の挑戦
高カリウム血症患者さんの悩みを、テクノロジーの力で助けたい、食事・栄養管理を可視化するアプリ「ハカリウム」開発の足跡
プロジェクト事例
- 概要
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- 高カリウム血症をはじめとした、カリウム値が気になる方の食事・栄養管理を可視化するアプリケーション「ハカリウム」を開発
- 食事記録の写真・食事メニュー・栄養素の含有量が日毎集計され、日々の食事管理に役立てられる
- 背景/課題
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- 高カリウム血症の患者さんは日常的に食事制限を行う必要がある
- 国内の保険請求データベースに基づく調査において、65歳以上の高齢の高カリウム血症患者さんで、栄養指導を受けていた患者さんは4.5%であった*
- 検証結果
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- 高カリウム血症の患者さんやご家族などから、食事の栄養素を測り、記録できる管理ツールのニーズがある
- 医療従事者からも患者の食事状況を詳しく把握できれば、適切な指導に生かせるという声も
主に慢性腎臓病の進行やその他食事などの影響により、日本では約30万人に1人が発症している高カリウム血症。血清カリウム値が異常に高いと、致死的な不整脈や心停止を引き起こすことがあります。さらに、慢性腎臓病、透析、心不全等を背景疾患に持つ高カリウム血症患者さんの食事・栄養管理は、各種ガイドラインを踏まえた厳しい食事制限がかかるという実態があります。
そんな高カリウム血症の患者さんをはじめとした、カリウム値が気になる方に向けて、アストラゼネカとエクサウィザーズが開発したアプリケーションが「ハカリウム」です。

今回、両社がどのようにアプリ開発のプロジェクトを進めたのか、株式会社エクサウィザーズ ライフサイエンス部長の東原達矢氏と同社イノベーションアーキテクチャ部 デザインコンサルティンググループ山崎三千氏、アストラゼネカ株式会社循環器・腎・代謝事業本部の金子翔平氏に話を伺いました。

カリウム値を気にする方々が、楽しく健やかな食生活を送るお手伝いがしたい
——まず、アプリのサービス概要についてお伺いできないでしょうか?
金子翔平(以下、金子):「ハカリウム」は、食事を撮影するだけで、簡単にカリウムをはじめとした、栄養素を推測することができるアプリケーション AIフードスキャナーになります。開発においては特に高カリウム血症患者さんをはじめとしたカリウム値が気になる方、またそのご家族向けに制作しました。

——アプリを制作するに至った背景について教えてください。
金子:高カリウム血症は、血清カリウム値が異常に高いと、致死的な不整脈や心停止を引き起こすことがあります。そのため、カリウムの過剰摂取には注意が必要になりますが、患者さんはそれ以外にもたんぱくやエネルギーなどの食事制限も必要になり、かなり厳格になっています。また、医療従事者も食事指導や栄養指導は行なっているものの、その指導には医師による差異もあったほか、患者さんの食事状況を正確に把握できないために適切な指導ができないという話もありました。
我々はこれまでも、患者さん向けの紙やウェブ媒体を通じて、疾患理解を深める工夫なども行ってきたものの、さらに患者さんへ貢献できないかと色々な施策を検討しました。その結果、食生活を変えるサポートツールとして今回のアプリ開発に至っています。
——プロジェクトの立ち上げからリリースまで、エクサウィザーズさんとはどのように業務を分担してプロジェクトを進められましたか?
東原達也(以下、東原):疾患領域において患者さんや医療従事者の方が求めるニーズを一番把握されているのはアストラゼネカさんなので、業務要件に当たる疾患を取り巻く情報を収集して整理し、共有いただく業務をお任せしました。我々の方では、そのニーズをどうサービスに落とし込むかという機能要件の定義をリードしています。また、アプリケーションを作ると決まってからは、我々の方でコンセプト作りをした段階で、一部の医師や栄養士さん、患者さんに対して小規模な市場調査を実施しました。

——「ハカリウム」を制作する上で、課題はありましたか?
東原:当初想定していたことではあったのですが、やはりCKD患者さんは高齢の方が多いので、スマートフォンなどのデバイスに使い慣れていないという部分をどうクリアするかが課題としてありました。また、食事管理を強く意識してきた方と、そうでない方の意識の差も大きいことがわかったので、どこに照準を合わせてサービスを開発するのかは議論を重ねました。
ボトルネックになりうることは事前に洗い出し、互いに確認を徹底しプロジェクトを進行
——プロジェクト進行で苦労した点、工夫した点があれば教えてください。
金子:「誰に向けてアプリを作るのか」は何度も議論を重ねた部分です。例えば透析があるとたんぱくや食塩など他の栄養素の管理も必要ですが、一方であまりチェック項目を広げてしまうと一般向けの食事管理アプリ、生活習慣病向けアプリと変わりません。最終的には、腎臓内科の先生がよく診られているCKD患者さんと透析の患者さんにフォーカスをあて、まずはカリウム値の疾患啓発と食事管理のサポートをすることとしました。
東原:プロジェクト進行で意識したこととしては二つあります。一つは、メンバー間で疾患に対する理解度のギャップがある上、リモートでプロジェクトを進めねばならなかったので、とにかくコミュニケーションをしっかり取るよう意識したことです。あらかじめボトルネックになりうるものがないかを確認し、物事が滞らないように待ち時間ができそうな部分はなくす努力をお互いにしました。また、論点になりそうな部分、関係者間で認識の齟齬が生まれそうな部分は早めに確認を取りながら疑問点を払拭し、信頼関係を築いた上で物事を進めていくようにしましたね。
もう一つはMVP(Minimum Viable Product)という、ユーザーに必要最小限の価値を提供できるプロダクトを目指したことです。最初は最小限の機能でプロダクトを世にリリースして、ユーザーの声を拾い、サービスをブラッシュアップしていくというサービス開発のアプローチです。そのMVPに当たるものを定義するのに当初苦労しましたね。全部の要望を全てサービスに実装しようとすると、やはりお金も時間もかかってしまうので、どの要件に絞るのかは一番議論の回数も時間もかけた部分です。

山崎三千(以下、山崎):高齢者向けということで、とにかく見やすくて使いやすいシンプルなUI/UXとアクセシビリティに意識しました。弊社は創業時からケア事業や介護領域の事業をしてきたこともあり、高齢者向けやITを得意としていない方向けのサービスを開発してきた経験もあります。その実績を今回活かした形です。例えば緑内障や老眼でスマホが見えづらい方にもわかりやすいような色使い、ボタンの配置を行っています。また、カリウム値、タンパク質などそれぞれの値がどの単位で表記するのが適切で分かりやすいか、薬機法上で注意書きが必要な部分がどこにあるのかなどは、アストラゼネカさんにご指導いただきながら、記載するようにしていきました。
もう一つ、使い続けてもらうためにデザインで意識したのは、チェックポイントを作りすぎないことです。ダイエットでも体重、カロリー、体脂肪率、体年齢などいろいろと項目が多いと、疲れて使わなくなってしまいますよね。そのため今回は「とにかくカリウム値だけ気にしておけばOK」といったサービスにしています。
アプリは患者さん、医療従事者から高評価。社員のエンゲージメントアップにも寄与
——リリース後、ユーザーや社内外からの反応はいかがでしたか?
金子:いままで行われていた食事管理は、お薬手帳のように患者さんが写真を撮って貼り付けて、手書きでメモするような形だったので、高齢者が多いCKD患者さんの負担になっていました。そんな状況でアプリがリリースされたので、患者さんからは「文字が大きく使いやすい」「アプリのおかげで記録できるようになった」と高評価をいただきました。医療従事者からも「画期的だ」と仰っていただいています。また、学会でも栄養士や医師の方々が「ハカリウム」を紹介してくださるようになりました。
東原:我々が想定していた数よりも一桁多いくらい、思った以上のペースでユーザー数が伸びてよかったですよね。やはり最初の機能の絞り込みがうまくいったのかな、と思います。
金子:この「ハカリウム」を弊社の医薬情報担当者が医師や栄養士の方々にご紹介しているのですが「とても喜ばれている」と聞いています。医薬情報担当者からも「CKD患者さんの食事管理、QOLの向上に繋がっているという実感が得られた」とモチベーションもアップしているようです。
東原:弊社では「ハカリウム」リリース後、「患者さん向けのアプリを一緒に作ってもらえませんか」という声掛けが増えてきました。特定疾患の食事管理サービスは、注目されている領域なのだと実感しましたね。

——このプロジェクトを通じて得られた個人として、また会社としての新たな発見、学びがありましたら教えていただけないでしょうか?
金子「自分が患者さんにとって何ができるか」をチーム内で協議できたことで、メンバーが「アプリ以外でも患者さんに対してこういうことができるのではないか?」と提案できるようになり、一人ひとりの成長に繋がったと思っています。これまでも薬剤に関連して医師と話すことは多かったのですが、なかなか栄養士だったり、患者さんの食生活、普段の生活をお伺いすることは限られていました。今回のアプリ開発でのコミュニケーションを通じて、メンバーそれぞれが新たな気づきと知見を得られたのは良かったと思っています。これにより、チームメンバーのモチベーションアップ、社員のエンゲージメント向上に繋がったとも感じています。
山崎:我々はユーザー視点を大事に、サービスデザインを行っているのですが、疾患を抱えた方やそれを治そうとしているステークホルダーの方々のニーズを深堀りしながら、着地点を見つける作業はすごく良い経験になったと思っています。例えば「栄養士さんはどのような業務でこのアプリを使うのか」「お医者さんは何を気にされていて、どこを把握したいのか」「患者さんは何を気にされて、どこの部分をアプリで見ているのか」といったステークホルダーの違いを棚卸ししながら、多くの方に役立つサービスを作る経験が個人的に大きな学びとなりました。

東原:今回ステークホルダーがかなり多く、かつタイトなスケジュールでリモートでのコミュニケーションだったのですが、力を合わせればスピーディーに良いものが作れる経験ができたことは、今後の糧になりましたね。
今後AIを活用したサービス拡充などにも挑戦予定
——今後このサービスをどのように広めていきたいとお考えですか?またそのためにどのような取り組みを予定していますか?
金子:高カリウム血症の患者さんに対して栄養士が行う指導は、大体30分〜1時間くらいの所要時間があるので、そこで「ハカリウム」の導入案内や、「ハカリウム」を使ってフィードバックを行うなど活用してもらえればと考えています。また、このアプリを使って、医師や栄養士がより栄養指導が行いやすくなるようなことを考えていきたいと思います。
東原:我々の強みがより発揮できるのはAIの領域なので、データを活用して新しいAIのサービスを届けたり、我々自身が持っている他のAIサービスを「ハカリウム」に組み込んだりすることによって、よりユーザーさんの体験価値を上げていきたいです。具体的には摂取していいカリウム値の範囲内で魅力的な献立をレコメンドする機能や、アラート機能を搭載することは考えています。また、食事管理だけではなく、運動指導など、生活全体のサポートもできればと思っています。

初期段階での認識合わせ、価値観共有が協業プロジェクト成功の鍵
——プロジェクトを振り返ってみて、今後他社とのコラボレーションに活かせる教訓があれば教えてください。
金子:今回のプロジェクトを振り返ってみると、初期段階で議論を重ね、価値観を共有できたことで、スムーズに進行することができたのかな、と思いました。
東原:やはり最初に「このサービスで提供しなくてはいけない価値は何か」を定め切れるかどうかが大事だと思っていて。そこがブレてしまうと、検証すべきポイントもブレてしまって、なかなかユーザーに響くサービスにならないんですよね。アストラゼネカさんは現場とのリレーションがしっかり作られていて、現場で何が求められているのかということも肌感でわかっているので、最終的な判断も適切でスピーディーに行われていたのが良かったと思います。
山崎:デザイン的観点で言うと初期の段階から見える化、具現化をして「こういうことですか?」とアストラゼネカさんに都度確認し、目線合わせをしていたのが良かったと思っています。早めに具体化することで「これはちょっとイメージが違う」と意見も出てくるので、早い段階で修正も可能です。ポンチ絵でもワイヤーレベルでも構わないのでイメージを起こして認識を合わせることが大事なのかなと思っています。
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