
「患者中心の医療実現を目指し、データの統合・活用を一歩先へ」
欧米では、デジタル医療ネットワークを活用し、医療の現場と研究開発が一体となってデータを活用したり、患者さんへのフィードバックに活かしたりできる社会システムが確立しています。
日本においても様々な産業でデータの活用が活発化しており、その重要性は医療分野においても高まっています。一方で、様々なステークホルダーによるデータ連携などには未だ改善の余地があり、データ活用に向けた取り組みは緩慢な足取りとなっているのが実情です。
一般社団法人ライフコースデザイン(以下、ライフコースデザイン)と株式会社ラネックス(以下、ラネックス)は、このような状況に対し変化のスピードを上げようと試み、医療のデジタライゼーションに向けたプロジェクトを推進しています。
両社の取り組みについて、埼玉医科大学医学部教授、ライフコースデザイン代表理事の泉田欣彦先生とラネックスのシステムエンジニア・プロジェクトマネージャーであるソウ・ブバカール氏にお話を伺いました。
プロジェクト事例
- 概要
-
- 妊娠期の情報を管理するモバイルアプリケーション「E-MCH」の技術を応用した、デジタル医療社会の実現化を促す検証プログラム
- 背景/課題
-
- 分野を超えてデータを統合・活用することで、新たな治療法や知見を生み出したい
- 患者の情報を自身で管理できるようにし、それぞれの患者に適切な医療サービスを提供する
- 検証結果
-
- 他国でも活用できるようなシステムのローカライズおよびAI技術の活用
- 実現化に向けてセネガルにて試行予定
周産期医療におけるデジタライゼーションから医療社会全体のデジタル化を目指す
——はじめに、今回のプロジェクトの概要を聞かせてください。
泉田欣彦(以下、泉田):プロジェクトの前提として、ライフコースデザインコンソーシアムについてご紹介させてください。ライフコースデザインコンソーシアムは、埼玉医科大学、株式会社 KDDI 総合研究所とともに設立した組織ですが、設立した背景のひとつとして、医療を取り巻く様々な分野の専門家たちをつなげることがありました。
このコンソーシアムの役割は3つあります。1つ目は普段接点のない利害関係者をつなげること。2つ目はスモールビジネスを成長させ、データを活用した大きなシステムを作りあげること。3つ目は日本だけではなく世界に導入できるモデルを開発し、世界の社会福祉に貢献することです。
そのためにも、機密性の高い医療データを統合管理できる高度なシステムをつくる必要がありました。今回のプロジェクトでは、このシステム開発に取り組んでいます
——ラネックス社は、このプロジェクトにどのように関わっているのでしょうか?
ソウ・ブバカール(以下、ソウ):我々は、自社のプロダクトとして『E-MCH(電子母子手帳)』という、周産期医療に関するデータを統合・活用できるようなシステムを開発しています。この技術を活かして、ライフコースデザインコンソーシアムが求めている機密データを管理するシステムの開発に携わっています。

——この取り組みの重要なポイントは、どのような点にあるのでしょうか?
泉田:医療データの統合は、診断、臨床、治療など、様々な面で大きな効果を生み出します。データを統合、管理するようなDX(デジタルトランスフォーメーション)を実現することで新しい治療法が誕生するなど、今までにはなかった可能性が広がりを見せるでしょう。
医療機関、行政、民間企業がそれぞれさまざまなデータを持っていますが、それらを蓄積、統合することで新たな知見が生まれ、患者さんにも還元できるようになります。
しかし、日本国内では情報の統合が遅れており、データを上手に使って医療を発展させていくことが難しい状況が続いています。
ソウ:医療データを活用していくためには、高いセキュリティ水準を前提として、適切なデータの集め方や扱い方を構築していくことが不可欠です。
IT企業として、機密データの統合からセキュリティ面の安全性の担保までを含め、医療現場で活用できるシステム全体の構築を目指してプロジェクトに参加しています。
医療データの活用に向けた熱い想いが共鳴し、プロジェクト立ち上げへ
——コラボレーションのきっかけについてお聞きしたいのですが、両社はどのような形で出会ったのですか?
泉田:i2.JPの1周年イベントで、ソウさんが健康データ管理におけるデジタルソリューションの必要性、および周産期の情報管理モバイルアプリケーションE-MCHをプレゼンしていました。
私自身、PHR(Personal Health Record:個人の健康記録)とEHR(Electric Health Record:電子健康記録)を活用したシステムを開発したいと考えていたため、E-MCHはとても魅力的でした。またE-MCHは世界規模に広げられるとてもいいプロジェクトだと感じましたので、何かコラボレーションできないかとソウさんに話を持ちかけたのがはじまりです。

——その際、ソウさんはどのような印象を持ちましたか?
ソウ:医療システム全体のデジタル化に意欲的で、病院内でのデータの扱い方を変えていきたいという泉田先生の思いが強く伝わってきました。我々としても、病院で使用するシステムの開発に関心を持っていたため、コラボレーションの可能性を強く感じました。我々は医療の専門家ではないので、開発段階から研究機関や医療機関の意見を取り入れた方が、より信頼でき、活用しやすいものが提供できると思いました。
患者さんを中心とした医療サービスの実現に向けて、何度もミーティングを重ねて進んだ軌跡
——具体的にどのような流れでプロジェクトを進めたのでしょうか?
ソウ:まずシステム開発の基本となる要件定義に着手しました。プロジェクトを始めた当初から思い描いていたものがあったので、そこからシステムの設計を始めました。要件定義では、システムを構築する前に必要な情報を全て収集するので、何度もミーティングを行いました。
——プロジェクト全体で大切にしていたことはありますか?
泉田:データを集め、分析するために毎日のように話し合いました。ただ「システムを開発して終わり」というのではなく、それを世界に拡大していきたいという思いがあり、そのためにどうすればよいかを考えています。
——プロジェクトを進める中で苦労したことはありますか?
泉田:持続性のあるシステムにするためには、経済的・社会的に適応できるものを開発することが必要です。
しかし、そういった開発をするための予算が重要な課題となっています。今はただのモデルに過ぎませんが、今後はビジネスとして成立させていくことがポイントになると考えています。
また、データを統合管理していくことに対する意識改革も重要です。多くの関係者を巻き込む必要があるプロジェクトですが、関わっている人の全員がデータの統合、活用の重要性を真に理解しているわけではありません。中には新たな動きに抵抗感を持つ人もいるでしょう。
こういった意識の差は、このプロジェクトで生み出されたシステムを広げていくにあたっての壁になる可能性があります。最終的に「患者さんを中心とした医療」を実現していくためにデータの統合・活用は欠かせないものであり、その認識を共有していくことも今後の課題になっていくでしょう。
ソウ:システム開発側としては、まずはデータをどのように統合・管理していくのか、どのようにセキュリティレベルを担保していくのか、という部分の設計を決めていくことに時間を要しました。また、スケジュールを守りながら高度な開発を進めていく点には苦労しました。
コラボレーションによって生まれた新たなつながり
——プロジェクトは現在も進行中ですが、これまでの成果や気づきはありましたか?
泉田:我々は医療業界で、ソウさんはIT開発と異なる専門性を持っていますが、話し合いを重ね、一緒に仕事することで新しいアイデアが生まれています。異業種の方と積極的に関わることはとても大切だと再認識しました。
ソウ:IT企業として優れたプロダクトを持っていても、使ってくださる方を見つけるのに非常に苦労します。その中で、埼玉医科大学やコンソーシアムの協力で様々な顧客とつながることができたのはラネックスとして成果とも言えるものでした。
——世界規模のプロジェクトとして、今後の展望があれば教えてください。
ソウ:システムを多くの国で使えるようにすることと、AI技術を導入することです。
言語の異なる国でシステムを取り入れるのは簡単ではありませんが、可能なことだと思います。まずは英語版、フランス語版、中国語版、スペイン語版の開発を考えています。
AI技術を取り入れる課題については、専門家の意見も伺い、いくつか試作品を開発するお手伝いをしてもらいたいと思っています。
泉田:新しいモデルの承認に時間がかかるアメリカや日本などでは、新興国で成功した革新的なモデルを先進国に逆流させるリバースイノベーションが鍵となります。
実は、セネガルがこのシステムを試す最初の場所です。セネガルは日本やアメリカに比べて新しいテクノロジーやシステムを必要としており、チャレンジに適した環境です。こういった環境で成功事例をつくることで、プロジェクトの発展につなげていきたいです
——i2.JPに参加してみて感じた魅力がありましたら、コメントいただけますと嬉しいです。
ソウ:泉田先生にはいつも感銘を受けますし、大学教授や研究者とコラボレーションすることで毎回勉強になっています。泉田先生を通して研究機関や大学との関わり方を教わりましたし、そのような機関と商品情報を共有できることは大きなメリットです。
i2.JPに参加することでこのような新たな出会いがあり、コラボレーションにつながることができました。
泉田:i2.JPには様々な企業が集まっているので、新しいビジネス、新しいマーケットを提供する大きな役割を果たしていますね。
最後に、i2.JPに参加検討されている方へのメッセージがありましたらお聞かせください。

泉田:医学界の新しい社会的モデル・社会医療制度を作るにはコラボレーションが鍵です。一緒に新しい医学の未来を考えましょう。
ソウ:i2. JPは、将来のプロジェクトの協力者と出会える可能性がある場所です。実際、一企業で世界に通用するシステムを開発するには限界があります。この先、拡大し、成功していくには、分野を超えたコラボレーションが不可欠となっていくでしょう。

- 泉田 欣彦(Yoshihiko Izumida)
- 埼玉医科大学 医学部 教授 一般社団法人ライフコースデザイン 代表理事
企業やスタートアップ、学術団体、医療機関などと共に「ライフコースデザインコンソーシアム」を2021年10月に設立。ICT(情報通信技術)やあらゆるものをインターネットでつなぐIoT技術を活用し、オンライン診療、遠隔医療を広域圏で行っている。

- ソウ・ブバカール(Boubacar Sow)
- 株式会社ラネックス システムエンジニア プロジェクトマネージャー
システム開発を手がける「ラネックス」(宮城県)のプロジェクトマネージャー。必要とする全ての人に医療が届く「デジタル医療社会」の実現を目指す。
お問い合わせ
私たちと
一緒にはじめませんか
お問い合わせいただき
ありがとうございます。
内容確認後、
担当者よりご連絡いたします。