課題は「福岡県直方市の服薬アドヒアランス」
その深層を探り、解決に挑む!
~産官学参加で課題深掘り型の共創ワークショップを開催~
i2.JPは毎年、自治体や企業からの逆ピッチを起点とした大規模なビジネスマッチングイベントを開催してきました。そのなかで「もっと時間をかけてアイデアを深掘りしたい」というご要望を多数いただいたことから、地域に密着して健康課題の本質に迫り、アイディエーションを進める課題深掘り型共創ワークショップの企画・運営を新たにスタートしました。
第1弾のテーマは「福岡県直方市の服薬アドヒアランス*改善」です。この課題に本気で挑もうとするプレイヤーが2月26日(木)、全国から福岡に集い、i2.JPのパートナー企業である株式会社アステム、株式会社ブリッジ、アストラゼネカ株式会社(i2.JP)の共催の下、共創ワークショップを実施しました。
今回、「直方市民のために多様な領域の人に解決策を求めたい」と手を挙げてくださった同市担当者の杉山茂雄さんに、準備から当日までを振り返りながら、ワークショップから得た学びや産官学連携の重要性などについてお話を聞きました。
- *服薬アドヒアランス:
- 患者さんが自身の病気や治療法を理解し、納得した上で、主体的に服薬を継続/服薬を遵守すること
直方市 市民部 健康長寿課 健康企画係 係長
杉山 茂雄 氏
*課題の背景とワークショップの準備*
九州大学とのコラボ研究から見出されたテーマ
ワークショップはデータを生かす施策展開への第一歩
――服薬アドヒアランスという課題の概要と背景を教えてください。
この課題は、直方市が九州大学とともに取り組んでいるLIFE Study®から見えてきたものです。LIFE Study®は自治体が保有する健康関連データのデータベースを構築・検証する官学研究で、当市は2019年から継続して参加しています。さまざまなフィードバックをいただく中、2019~23年度のレセプトデータの分析から、服薬が途切れるほど疾患発症率、重症化率、死亡率が上昇するとともに医療費の増大につながる、つまり服薬アドヒアランスに大きな課題があることが明示されました。
当市は高齢化率が全国平均を上回っており、地域医療の持続可能性に関わる課題が数多く顕在化していますが、今回はLIFE Study®の知見をもとに、地域密着型の服薬支援モデルをテーマにしたいと考えました。具体的に挙げたのは「高齢者の飲み忘れ防止」「忙しい現役世代のための継続支援」の二つです。また行政、医療機関、企業等が協業し、効果測定と改善サイクルを回し続けられるモデルにしたいというお話もしました。
――保健指導の現場などからもそのような声が?
保健指導では、服薬だけでなく食事、運動など、「健康のために○○を続けてもらう」ことが永遠のテーマです。また、直方市は医師会等と連携して、骨密度検診の受診率を上げる「骨粗しょう症予防推進事業」に取り組んだ実績があるのですが、その際、先生方から「予防薬が続かず、病気が進んで骨折のリスクが上がってしまう」という切実なお話を伺っていました。多様な領域の人に考えてもらうことで、なぜ薬を飲むという単純なことが続かないのか、我々には見えていない課題やニーズが見つかるかもしれないという期待感は大きかったです。
――ワークショップに向け、改めてデータの分析をされたそうですね。
福岡県も高血圧の有病率が高いため、高血圧薬を服用している人にしぼって、改めて属性別の分析結果をまとめました。年代別では60歳未満の現役世代が最も薬を中断させやすい、要介護度が上がるほど中断リスクが下がる、低所得者層の中断リスクが突出して高いといった注目すべき傾向があり、それが一目でわかるような資料も用意しました。
データの重要性は今回、再認識したことの一つです。行政は何か立案するときに経験や勘に頼りがちなところがありますが、民間の皆さんはデータを重視しておられる。昨年11月のオンライン事前説明会のときから、データに関する専門的な質問がありました。今回、LIFE Study®のデータに裏付けられた課題を共有できたことは非常に大きかったと思っています。
行政には莫大なデータがあります。まさに"宝の山"ですが、直方市に限らずうまく活用できていません。だからこそ産官学連携が重要で、直方市もLIFE Study®に取り組んでいますが、施策にはまだ生かせていないのが現状です。今回のワークショップは、データを新たな施策展開に生かす、その大きな一歩になったと思っています。
集団と個の両面から考えることが実践的な解決策のカギになる
九州大学医学研究院 医療経営・管理学講座 准教授
福田 治久 氏
LIFE Study®は現在、全国約40自治体にご協力いただき、住民の健康改善に資するエビデンス創出を目的に進めていますが、データから課題が浮き彫りになっても、自治体と我々の対話では具体的なアクションに落とし込むのが難しいのが実情です。今回は多様な領域の方々からの新たな視点に期待していましたが、期待以上の学びがありました。自社の持つソリューションが提案される展開になるかと思いきや、全くそうはならず、皆さんが同じ土俵でディスカッションされていた。特にペルソナを通して課題をリアルに掘り下げていくところが面白かったです。我々は普段データ、つまり集団を見ているので、個を見ていくのは新鮮でしたし、集団と個の両面から考えることで実践的なアイデアが生まれるのだろうと思いました。
大学も社会実装が強く求められています。今後の共創をデータという面から支援できれば、我々にとっても大きな実績になります。特に直方市はLIFE Study®参加自治体の第一号で、10年にわたるデータが蓄積されています。直方市の皆さんのために、一緒に何かできればうれしいです。
*ワークショップ当日を振り返って*
服薬が続かない患者のペルソナを用いて
課題を具体的・多角的に深掘り
――参加者18名を3グループに分け、それぞれペルソナをベースに約2時間、話し合ってもらいました。
ペルソナの作成は、まず保健師とともに保健指導の経験から同じような傾向の人を抽出して案を作り、九州大学の先生方にデータと照らし合わせてもらうという形をとりました。すると、見事にデータで裏付けることができた。現場の肌感と裏付けのデータが合致した、という感じですね。
ペルソナは事前に参加者に送付しました。そのおかげか、ディスカッションは冒頭から盛り上がっていましたね。「受診できない本当の理由は?」「職場の健診は?」「家族の関心は?」「趣味のコミュニティは?」というように、短時間のうちに多角的に課題を掘り下げペルソナの解像度を上げていくのは、さすがだと感心しました。
――杉山さんには各グループを回っていただきました。
どのグループからも笑い声が絶えず、とても楽しそうでした。それは意見や発言が偏ることなく、みんながフラットに意見を言い合える場になっていたからだと思います。
私が特に印象に残ったのは、どのグループも周りの家族やコミュニティ、薬局、職場などに働きかけ、いかに服薬が続く環境を作るかが話題の中心になっていたことです。周りがサポートする行為が重要であり、その仕組みづくりが行政の役割だと再認識しました。そのヒントになる気づきもありましたね。例えば、行政は人を集め「ここでグループを作りましょう」というようにコミュニティを"作らせよう"としがちなので、既存のコミュニティの活用は我々にとっては新たな視点でした。
――参考になるアイデアはありましたか?
デジタルもアプリも初めて知るリソースが多数ありました。一方で既存のリソースが活用されていない、企業の健康経営を促すといった視点も参考になりました。答えは一つではなく複数のことに取り組まなければならないと思っています。
今回、保健師2名が実際にグループに入り、ディスカッションに参加しました。現場の経験や意見をその場でお届けできたのは、とても有意義だったと思います。民間の方々からの提案の中に住民の潜在的なニーズもあるはずなので、保健師とともにワークショップの内容をしっかり振り返るつもりです。
ペルソナの行動変容にフォーカスした地に足が着いた議論が実現
株式会社ブリッジ 代表取締役社長
株式会社アステム 営業本部 地域アクセス部 部長
松﨑 績 氏
直方市とアステムが連携協定を締結していることから、同市の課題をテーマに、福岡でのワークショップを企画しました。プレイヤーが多く集まりやすい東京で開く選択肢もありましたが、杉山さんだけでなく保健師さんや九州大学の先生方にも参加していただきたいと考え現地開催にしたところ、熱意と意欲のある皆さんが集まってくださり、密度の高いディスカッションが実現しました。ペルソナの精神的なバリアまで掘り下げ行動変容にフォーカスする、地に足が着いた議論が素晴らしく、ここから根本的な解決策が生まれていくと感じました。
ブリッジでは、ヘルスケア分野において自治体と企業をつなぐプラットフォーム「ブリッジスクエア」を立ち上げ、現在、全国約380の自治体に参画していただいています。今回の成功を踏まえ、今後はこうした地域密着型ワークショップの開催支援も積極的に行っていきたいです。
民間企業との共創に向けて
新たな事例の創出には連携が必須
接点を持つチャンスを逃さずつかみたい
――オープンなネットワークに参加する意義は感じられましたか?
普段、出会えない多様な領域の人たちと出会い、話し合い、情報や思いを共有して、視野が大きく広がりました。同規模の自治体はどこも似たような課題を抱えているので、ソリューション側の方々にとっても、自治体との取り組みを進める上で役立つ気づきや学びを得られる場になったのではないでしょうか。
――民間企業との共創に期待することは?
民間企業の皆様には行政の苦手な分野、特に"ゼロイチ"のところを担っていただけるとありがたいです。また行政が持つネットワークは限られるため、新たなネットワークも大きな支援になると思います。
行政が事を進めるには内部審査が必須なので、財政的なメリットや住民の豊かな生活につながることをアピールする"闘える"資料を作る段階からご協力いただけるとスムーズかもしれません。行政は決定までのプロセスに時間がかかるものなので、早期に、かつ粘り強くコミュニケーションをとっていただくこともカギになると思います。
――全体を通して得た学びがあれば教えてください。
このような場に積極的に参加することの大切さです。最初は正直、ハードルが高いと思いました。経験も乏しく、不安が大きかったです。でも、自分のやれる範囲のことだけをやっていて、課題が解決することは絶対にありません。本気で解決したいなら、新たな人脈やアイデアが得られるこのチャンスを逃してはならないと思いました。実際に進めてみると、初めてのことばかりで刺激が多く、とても楽しかったです。物事が進むスピードの速さも体感できました。逃げずに挑戦して本当によかったです。
多くの自治体は職員の数が減る中、課題は増えて限界に達しています。自分たちで考えうることはやり尽くし、新しいことをやるには新たな人や組織と連携するほかない。産官学連携を推進している直方市は、身をもってそう言えます。他の自治体の皆さんにも、多様な領域の人たちと接点を持つ機会を逃さず、連携に生かしてほしいと思います。
国も地方共生を掲げ、さまざまな支援に乗り出していますが、支援を得るにはまず自治体が自ら「やりたいプランがあります!」と手を挙げなければなりません。今回のワークショップで得た出会いやアイデアをもとに、直方市民の豊かな人生のためにどんな事業ができるのか、皆さんのお力も借りて準備を始めたいと思います。
行政×企業の力で優れた薬や医療技術が届く・続く仕組みづくりを
株式会社アステム 取締役副社長
大石 英雄 氏
アステムは医療課題解決に向けて、人やソリューション、地域の橋渡し役となることを目標の一つに掲げています。普段なかなか会うことのない業種、さまざまな立場の人が出会い、意見交換を図る。このワークショップも橋渡し役をしっかり果たせたと考えています。
私も3人のペルソナの話を非常に興味深くお聞きしました。自身や親に重なる部分もあり、社会の一員として、この課題を見つめ直す良い機会になりました。薬や医療技術がどんなに進化しても、患者さんに届かない・治療が続かないと意味がありません。届く・続くためには生活の中に入っていく支援が必要で、そのソリューションには行政×企業の力が欠かせません。もちろん、それぞれがウィンウィンになることも必要です。ここからどんな共創の芽が生まれ育っていくのか。事業化がとても楽しみです。
参加者の声
事前に説明会があり、またデータから作られたペルソナも送付されたため、解像度を高めてから参加できた。(アプリ開発)
ペルソナを用いたことが、より具体的な課題の深掘り、解決策の検討につながった。(医療情報システム・DX)
全くの異業種で接点がないように思っていたが、地域課題解決という軸では共通する点が多いと感じた。(高速道路)
アドヒアランスに関わる事業を展開しているが、リソースが意外に使えておらず、その背景に情報が共有されていないという社会的な問題が改めて見えてきた。(薬局・クリニック支援)
薬剤師なので、最初は医療者目線で考えていたが、社会という視点で患者さんを見つめ、どんなソリューションがあればケアできるのか新たに考える機会になった。(医薬品情報プラットフォーム)
行政担当者や保健師の方から疑問点について直接お話を聞くことができ、議論が深まった。(製薬)
福岡県直方市(のおがたし):
- 位置・規模: 福岡県北部、北九州市に隣接する人口 54,250 人の市。
- 高齢化: 高齢化率 33.35%(県平均 28.18%)
- 医療費: 国保 1 人当たり医療費 31,240 円(県平均 28,940 円)
- 将来動向:今後 20 年で人口約 1 万人減少、75 歳以上が急増見込み
- 課題: 医療・介護需要の確実な拡大により、地域医療の持続可能性への議論が急務
※令和 7 年 10 月 1 日時点
※掲載内容は2026年4月時点のものです。所属等、現在とは異なる場合がございますのであらかじめご了承ください。
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